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大阪地方裁判所 平成6年(行ウ)28号 判決

大阪市生野区巽中一丁目七番一〇号

原告

慎秀一

右訴訟代理人弁護士

西口徹

寺内清視

千田適

大阪市生野区勝山北五丁目二二番一四号

被告

生野税務署長 山添元昭

右指定代理人

谷岡賀美

西浦康文

平田豊和

佐藤香

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が平成元年三月一〇日付で原告の昭和六〇年分所得税についてした更正処分(以下「本件更正処分」という。)及び過少申告加算税賦課決定処分(以下「本件決定処分」といい、右各処分を合わせて「本件各処分」という。)につき、本件更正処分のうちの分離長期譲渡所得金額一五〇〇万四〇〇〇円、これに対する税額三〇〇万〇八〇〇円を超える部分及び本件決定処分の全部を取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、不動産賃貸業を営むものであるが、昭和六〇年分の所得税につき、被告に対し、別表1の「確定申告」欄記載のとおりの年月日に同欄記載のとおりの確定申告をし、同表の「修正申告」欄記載のとおりの年月日に同欄記載のとおりの修正申告をした。

2  ところが、被告は、原告に対し、平成元年三月一〇日付で、同表の「更正及び過少申告加算税の賦課決定」欄記載のとおりの内容の本件更正処分及び本件決定処分をし、そのころ原告に通知した。

3  原告は、平成元年五月一日、被告に対して本件各処分に対して同表の「異議申立」欄記載のとおり異議の申立てをしたところ、被告は、平成三年三月一三日付で棄却する旨の決定をしたので、原告は、さらに、国税不服審判所長に対し同表の「審査請求」欄記載のとおり審査請求をしたが、同所長は平成五年一二月二〇日付で棄却する旨の裁決をし、原告は、平成六年一月八日右裁決を知った。

4  しかし、本件更正処分は、分離長期譲渡所得金額を過大に認めた違法があり、それに伴い本件決定処分も違法であって、いずれも取消しを免れない。そこで、原告は、被告に対し、本件処分のうち請求の趣旨記載の部分の取り消しを求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1ないし3の事実は認める。

三  被告の主張

1  原告の昭和六〇年分の所得税の分離長期譲渡所得に関するもの以外の課税要件となる総所得金額、所得控除額、課税総所得金額及びそれに対する税額、配当控除額、源泉徴収税額は、別表1の「更正及び過少申告加算税の賦課決定」欄のそれぞれの該当項目記載の金額である。

2  原告の昭和六〇年分の分離長期譲渡所得金額及びその内訳は別表2のとおりであり、同表の各「区分」の具体的な内容は、次のとおりである。

(一) 収入金額 六五二〇万円

原告は、昭和六〇年三月七日ころ、大阪市生野区巽中一丁目1 一〇五番の一・宅地六五三・六一平方メートル(以下「本件土地」といい、同所については地番のみで表示する。)の共有持分(以下「本件持分」という。)を、その余の共有持分を有していた西田伊佐男(以下「西田」という。)とともに、日本電信電話公社(現在の日本電信電話株式会社、以下「公社」という。)に対し、公社が施行する「浪速~東住吉局間ケーブル方式(土木)」事業の立坑用地として代金六五二〇万円で売却し、同月一三日公社から右代金の送金を受け、同年分の譲渡所得として右金額の収入(以下「本件譲渡収入」という。)を得た。

(二) 取得費 三二六万円

原告が本件持分を取得するために要した費用、設備費及び改良費の合計額が本件譲渡収入金額の五パーセントに相当する三二六万円を超えない。

そうすると、租税特別措置法(昭和六一年法律第九三号による改正前のもの。以下「措置法」という。)三一条、三一条の四により、本件譲渡収入についての取得費は、概算取得控除額である三二六万円である。

(三) 譲渡費用 〇円

(四) 特別控除 三〇〇〇万円

右(一)の売却は、公社の前記事業のためにされたものであるから措置法三三条一項二号、三三条の四第一項一号により三〇〇〇万円である。

(五) 長期・短期の区分及び他の所得と分離の要件

イ 原告は、昭和四一年七月ころ、西田からその所有にかかる本件土地及びその東側に隣接する土地のうちの一四〇八・三九平方メートルを建物所有の目的で賃借し、借地権を取得した。

ロ 原告は、西田との間で、昭和五七年三月ころ、右借地権を放棄し、その代償として、西田から、一〇五番の四、六の各土地の所有権とともに、本件土地のうち五四・四六坪相当分の割合による本件持分を譲り受け(以下、この契約を「本件契約」という。)、原告は、右二筆の土地と本件持分を従前と同一の用途に供した。

ハ 右ロのとおり、本件契約により、原告が放棄した借地権価格と原告が代償として取得した一〇五番四、六の土地の価格及び本件持分の価格の合計額は、所得税法(以下「法」という。)五八錠二項所定の場合には該当せず、同条一項適用の要件を充足する。したがって、原告は、本件持分を法五八条一項が適用されるいわゆる等価交換により昭和五七年三月ころに取得したことになるから、本件譲渡収入についての譲渡所得については、本件持分の保有期間は、右イの借地権取得時から起算され(租税特別措置法(昭和六二年政令第三三三号による改正前のもの)二〇条二項)、本件持分の保有期間は一〇年を超えるとみなされ、措置法三一条の課税の特例(他の所得と分離、税率二割)が適用される。

3  (過少申告加算税)

本件更正処分の基礎となった事実につき、国税通則法六五条四項所定の正当な理由はない。

4  以上のとおりであって、本件各処分は適法である。

四  被告の主張に対する認否及び原告の主張

1  被告の主張1の事実、同2(一)の事実は認める。

2  同2(二)は争う。取得費は、次のとおり、本件建物等の残存価額及び撤去・整地費用の合計額一一二四万八〇〇〇円である。

(一) 昭和五七年三月ころの本件契約当時、本件土地上には原告所有に係る軽量鉄骨造亜鉛メッキ鋼板葺平家建の事務所兼倉庫用建物一棟、鉄柱六本、鉄製門扉及び金網フェンス並びにラン栽培用温室一棟(以下合わせて「本件建物等」という。)が存在しており、原告は本件契約を履行するため、これらを昭和五七年四月ころから五月中旬にかけて撤去し、本件土地を整地した。

(二) 本件建物等の残存価格は別紙計算書のとおり合計四三七万八〇〇〇円である。

(三) 原告は、本件建物等の撤去及び整地費用として六八七万円を支出した。

3  同2(三)は争う。

原告は、昭和六一年暮れころ、本件譲渡収入について被告と交渉した。被告は、当時、原告は本件契約によって本件持分を取得したことはなく、その後も本件土地は全部西田の所有であったもので、本件譲渡収入は、昭和五七年三月ころの本件契約によって原告が西田から金員の支払を受けることが合意され、それが昭和六〇三月七日ころ西田が本件土地を公社へ売却した際、公社から西田へ支払われるべき本件土地の売却代金のうちから原告へ直接支払われたものであって(交換差金)、本件契約は法五八条一項の適用を受けるいわゆる等価交換による契約ではなく、本件契約については所得税の課税対象となる、と主張した。これに対し、原告は、本件契約によって原告は一〇五番四、六の各土地のほか本件土地の本件持分を取得したもので、本件契約は同項の適用を受けるから課税の対象とならず、本件譲渡収入は本件持分を公社へ売却した代金である、と主張した。被告は、結局、原告の右主張を認めるためには、公社から、公社が本件持分を公共事業用資産として買い取ったことを証明する旨の買取証明書の交付を受けるように原告に求めた。

ところが、被告は、昭和六三年三月、本件譲渡収入は、昭和五七年の本件契約に基づいて西田から原告へ支払われた金銭(交換差金)であるとして、原告に対し、昭和五七年分の所得税について、更正処分及び重加算税の賦課決定処分をして、これを原告に通知した。

原告は、その後も、公社から前記の買取証明書の交付を受けるべく、昭和六三年四月二七日、原告の知人で毎日新聞社編集顧問の前田行男に、公社との交渉を依頼した。しかし、被告が公社に対して不当な圧力をかけたため、交渉は難渋し、ようやく、原告は、同年七月七日買取証明書の交付を受けることができたが、原告は、前田行男の交渉及び活動のための接待費用等として別紙NTT交渉経費一覧表のとおり、合計五〇六万五一四〇円を支出した。右の支出費用も、本件譲渡収入の譲渡費用というべきである。

4  同2(四)の事実は認める。

5  同2(五)のイ、ロ、ハの事実は認め、主張は争わない。

6  同3は争う。

7  被告は、原告が前記買取証明書を提出した後、一転して従前の方針を変更し、今度は、昭和五七年の本件契約には法五八条一項の適用があり、本件譲渡収入は昭和六〇年に本件持分を公社に売却した代金であるものと判断し、平成元年三月一〇日、原告の昭和五七年分の所得税についての前記の更正処分及び重加算税の賦課決定処分を取り消すとともに、昭和六〇年分の所得税について本件各処分をした。被告は、このようにして、昭和六〇年分の所得税の申告の際、本件譲渡収入につき申告する機会を原告から奪った。

五  原告の主張に対する被告の認否及び反論

1  前記四の2(一)ないし(三)の取得費についての原告主張の事実は否認し、その余は争う。本件契約がされた昭和五七年三月ころ、本件土地には原告が主張する本件建物等の物件は存在しなかった。また、仮に、原告主張のように、当時本件土地上に本件建物等が存在していたとしても、原告が、本件契約の際、西田との間で、本件建物等の取り壊しの取り決めをしたことはなく、また、原告主張のように原告がその撤去費用や整地の費用を支出したこともない。

2  前記四の3の譲渡費用についての原告主張は争う。

原告が譲渡費用と主張する公社との交渉費用は、買取証明書の発行のための交渉費用であり、本件持分の公社への売却自体に直接要した費用でもなく、譲渡価額を増加させるために支出した費用ともいえないし、買取証明書は収用等で資産を買い取る公共事業施行者が交付するものであって、本来的にはこのような交渉費用が必要となることはないから、仮に、原告主張の交渉費用の支出が真実のものであったとしても、本件持分の公社への売却の譲渡費用には当たらない。

3  前記四の7の原告の主張は争う。原告は、当初から、昭和五七年の本件契約には法五八条一項の適用があり、昭和六〇年の本件譲渡収入八本件持分を公社へ売却した代金収入であると主張していたもので、昭和六〇年分の所得税の申告期間中、その旨を申告することに何らの支障もなかった。また、被告の部下職員が昭和五七年分の所得税の申告内容について調査を開始したのは、昭和六一年一〇月一四日であり、昭和六〇年の所得税の申告期限である昭和六一年三月一五日より七か月も後である。被告は、右の調査の後に、昭和六三年三月五日、昭和五七年の本件契約には法五八条一項の適用がないとの判断の下に前記の昭和五七年分の所得税の更正処分及び重加算税の賦課決定処分をした。

理由

一  請求原因1ないし3の事実、被告の主張1の事実、同2のうち(一)、(四)、(五)の事実、以上は、いずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、本件譲渡収入に係る原告主張の取得費及び譲渡費用について判断する。

1  譲渡所得の金額は、当該所得に係る総収入金額から当該所得の基因となった資産の取得費及びその資産の譲渡に要した費用の額の合計を控除し、その残額の合計額から譲渡所得の特別控除額を控除した金額とするものとされ(法三三条三項)、右の取得費は、原則として、その資産の取得に要した金額並びに設備費及び改良費の額の合計額とされている(法三八条)。

譲渡所得に対する課税は、資産の値上がりによりその資産の所有者に帰属する増加益を所得として、その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会にこれを清算して課税する趣旨のものであることからすれば、右の「資産の取得に要した金額」とは、当該資産の取得の対価及び取得に直接要した費用であることを要し、「資産の譲渡に要した費用の額」(譲渡費用)とは、資産の譲渡のために直接要した費用及び当該資産の譲渡価額を増加させるため当該譲渡に際して支出した費用であることを要するものと解される(最判昭和四七年一二月二六日・民集二六巻一〇号二〇八三頁参照)。

2  本件譲渡収入は、法五八条一項が適用される本件契約によって取得した資産の一部である本件持分の譲渡によるものであるから、その譲渡所得の金額の計算上控除される取得費は、法五八条五項、所得税法施行令一六八条により、原告が昭和四一年七月ころから有していた借地権の取得費及びその譲渡に要した費用のうち本件共有持分に対応する額並びに本件持分の取得に要した経費ということになる。

(一)  そこで、まず、原告は、本件契約当時の本件建物等の残存価格が、本件譲渡収入にかかる譲渡所得の計算上控除される取得費に該当すると主張するが、右の残存価格は、原告が本件契約によって放棄した借地権の取得費にも、その譲渡に要した費用にも該当しないのはもちろん、本件持分の取得に要した経費にも該当しないことは明らかである。のみならず、後記のとおり、本件契約当時、本件土地上に本件建物等が存在したとの証明もない。したがって、いずれにしても、この点の原告の主張は失当である。

(二)  次に、原告の主張する本件建物等の撤去・整地費用について検討する。

原告は、その本人尋問(甲第六号証の陳述書の記載を含む、以下同じ。)において、前記事実摘示四(被告の主張に対する認否及び原告の主張)2の(一)ないし(三)に沿う内容の供述をするほか、本件建物等の撤去及び整地は新井組こと新井義雄に依頼し、右撤去・整地費用に係る六八七万円の領収証(甲第四号証)の発行を受けた旨供述し、甲第七号証(新井春盛の陳述書)にもこれに沿う記載がある。

しかしながら、検乙第一ないし第四号証(いずれも本件土地付近の空中写真)によっても、本件契約締結以前の昭和五〇年三月四日、昭和五四年九月一一日当時、原告主張の鉄柱、門柱及びフェンスが本件土地上にあったことを確認することができず、また、昭和五〇年三月四日当時、確かに本件土地の南側部分に建物が存在していたものの、それは昭和五四年九月一一日当時少なくともその形状が変えられていたか又は別の建物に建て替えられていた可能性があり、また、昭和五〇年三月四日当時、原告主張の温室があったことが確認できるが、本件契約締結以前の昭和五四年九月一一日時点ではそれがすでに存在せず、原告主張の温室は本件契約の二年以上前にすでに撤去されていたことが明らかである。また、原告主張の事務所が昭和四一年に建築されたバッティングセンターの打球場の建物の一部であるといえるかについても疑問があり、この点の原告本人の供述も採用することができない。のみならず、甲第四号証は、新井組作成名義の真田(原告の通称)宛の六八七万円の領収証であり、「解体及び整地」と記載されているが、工事場所、工事内容等の具体的明細の記載はなく、日付の記載もない。そして、原告主張の事務所及び温室はいずれも未登緑というのであって、その他本件建物等の設置時期、設置費用、構造、撤去時期を具体的に立証するに足りる証拠はない。

このように、本件当時、本件土地上に原告主張の本件建物等が存在していたこと自体が判然としないし、その撤去費用といっても、前掲甲第四号証の記載からはその工事の時期、場所及び内容も明らかでなく、むしろ、原告本人尋問の結果によると、本件契約以前にも本件土地及びその付近において建物等の撤去や移動等が行われていることがうかがわれる。その上、原告は、本件口頭弁論期日において、当初、撤去及び整地の時期は昭和六〇年一月ころであると主張し(しかも、原告は、当初、撤去・整地費用は公社への本件持分の譲渡に要した譲渡費用である、と主張していた。)、その後主張を変更している。

これらの点に照らすと、右甲第四号証が本件契約の際本件土地上に存在していた建物等の撤去・整地に係る領収証であるとは断定し難く、本件建物等の撤去・整地費用が本件持分の取得に要した経費に該当するとしても、取得費についての原告の主張する事実を認めるには足りない。

(三)  そうすると、本件譲渡収入に係る取得費として、前記の借地権の取得費などその他立証された額はないから、措置法三一条の四第一項(措置法基本通達三一-四-一)により、本件譲渡の金額六五二〇万円の一〇〇分の五に相当する額である三二六万円が本件譲渡収入から控除すべき取得費と認められる。

3  次に、原告主張の譲渡費用について判断する。

原告は、公社から買取証明書の交付を受けるため交渉に要した接待費や交通費、土産代等諸々の費用を挙げて、これらが本件譲渡収入に係る譲渡所得の算定に当たって控除すべき法三三条三項所定の「その資産の譲渡に要した費用の額」とは、原告が本件持分を公社に売却があった後にそれを証明する書面にすぎず、売却が完了した後に右書面の交付を受けるための原告主張の費用が本件持分を売却するために要した費用といえないことは明らかである。

また、原告は、被告が本件契約が法五八条一項の適用あるものと扱わず、不当な圧力をかけて公社の右買取証明書の交付を妨害したから、原告はその交付を受けるためにその主張に係る諸々の支出を余儀なくされたものとも主張するが、それは、被告が不当に原告の証明活動を妨害したとの主張にほかならず、(なお、仮に買取証明書の交付を巡って公社との交渉が必要であったとしても、それは原告自身が本件契約によって取得した本件持分について移転登記を経由する等権利関係を明確にする措置を講じなかったことにも起因すると考えられる。)、本件持分の譲渡自体に要した費用、更には本件譲渡収入に係る譲渡所得の課税要件とは無関係な主張というほかない。

したがって、原告主張の公社との交渉費用は、譲渡所得の計算上控除される譲渡費用に該当する余地はなく、他に本件譲渡収入につき本件持分の譲渡に要した費用の存在を認むべき証拠もない。

三  次に、原告は、被告が、昭和五七年分の所得税の更正処分を取り消すと同時に本件各処分を行ったのは、昭和六〇年分の所得税の申告の際、本件譲渡収入につき申告する機会を原告から奪ったもので、本件各処分は違法であるとの趣旨の主張もする。

1  しかし、前記一の争いのない事実のほか、甲第二、第三号証、第六号証、乙第二ないし第九号証、検乙第一ないし第四号証及び原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(一)  原告外二名は、昭和四一年七月ころ、西田からその所有にかかる本件土地及びその東側隣接部分の土地のうちの約一四〇八・三苦平方メートルを建物所有の目的で賃借し、右部分に借地権を取得した。

(二)  その後、西田は、右借地の概ね西半分に相当する本件土地及び一〇五番九の土地(ただし、右各土地が分筆されたのは後記のとおり。)において保育園を開設することを計画し、昭和五七年三月、原告との間で、原告は右の借地権を放棄するとともに、その代償として、西田から、右借地部分のほぼ東側に所在した現在の一〇五番四、六の土地の所有権を取得することとなったが、等価で交換するには、原告の取得分に六五三五万二八〇〇円(五四・四六坪相当分)の不足が生じたので、右賃借権の法規に係る土地について五四・四五坪相当分の共有持分を原告が取得することとし、合わせて、原告は、将来本件土地上に保育園が開設されたときには右共有持分を放棄する旨約した(本件契約)。しかし、その後分筆された本件土地については西田の単独名義のままで原告に対して共有持分の移転登記はされなかった。

(三)  原告は、昭和五七年分の所得税の申告の際、本件契約の譲渡所得について所得税法五八条一項の規定の適用を受けるから結局納付すべき税額がない旨申告書に記載した。

(四)  その後、西田は、保育園開設を断念し、そのころ公社から本件土地の買収の話が持ち上がり、西田と原告は昭和六〇年三月に本件土地を公社に売却することとなり、本件持分については原告から公社に対して六五二〇万円で売却され、西田から公社に中間省略の形式で所有権移転登記が経由された。なお、昭和六〇年三月一日、当時の一〇五番一の土地から一〇五番九の土地が分筆された。

(五)  原告は、昭和六一年三月一五日に昭和六〇年分の所得税の確定申告をしたが、本件譲渡収入に係る譲渡所得の申告はしなかった。

(六)  被告は、昭和六一年八月末ころから、本件土地の譲渡について税務調査を開始し、公社から原告に交付された六五二〇万円は本件契約の交換差金であり、本件契約に係る譲渡所得については法五八条二項に該当するから、同条一項の規定の適用はないと判断して、同年一〇月ころから、原告に対し、昭和五七年分の所得税の申告の修正を促した。

(七)  しかし、原告は、本件契約については法五八条一項の適用があり、登記簿上、原告は本件持分を取得したことになっていないが、本件契約においては確かに本件持分を取得する合意もしたと強く主張し、昭和六〇年三月に受領した六五二〇万円は、本件持分の売却代金であり、そのことを証する書類の交付を公社に依頼中であると回答し、昭和五七年分の所得税につき修正申告をすることを拒絶した。

(八)  しかし、その後も右書類の提出がなかったため、被告は、原告の昭和五七年分の所得税の更正処分及び重加算税の賦課決定処分をした。

2  右の事実関係によれば、被告が当初判断していたように、前記六五二〇万円が本件契約に係る交換差金であるとすれば、本件譲渡収入自体が存在せず、したがってこれに係る譲渡所得も発生しないこととなるが、原告は、本件契約は法五八条一項の適用がある等価交換であるとして昭和五七年分の所得税の申告をしていたもので、そうであれば前記六五二〇万円は本件譲渡収入として昭和六一年三月一五日に行った昭和六〇年分の所得税についての確定申告の際にはこれを申告しておらず、またその確定申告期間中にもその後においても右金員の取得について他の何らの申告もしていない。そして、被告が本件契約について税務調査を開始したのは、原告の右確定申告がされ、その確定申告期間が通過した後であるから、原告自身、その本人尋問において公益事業への譲渡なので申告を要しないと思っていたとしか供述できないように、右確定申告の際、原告に本件譲渡収入に係る譲渡所得の申告の妨げとなる事情は全くなかったというほかはない。

右事実関係の下では、被告が、従前の方針を変更して、昭和五七年分の所得税についての更正処分及び重加算税の賦課決定処分を取り消す際に、改めて原告に対し修正申告の機会を与えなかったとしても、何ら違法な点はなく(なお、乙第九号証によれば、被告は、買取証明書の提出を受けた後、昭和五七年分の所得税についての右処分の取消しをするに先立って、本件譲渡収入について修正申告をするよう原告に促したことがうかがわれる。)、本件各処分が違法であるとはいえないことは明らかである。

四  結論

以上の次第であるから、本件各処分は適法であり、原告の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 八木良一 裁判官 加藤正男 裁判官 小林康彦)

別表1

原告の昭和60年分の所得税の課税の経緯及びその内容

〈省略〉

別表2

譲渡所得金額の計算書

〈省略〉

計算書

定額法より計算

(1) 事務所兼倉庫用建物および鉄柱

耐用年数30年

経過年数16年

昭和41年建設、昭和57年撤去

償却額:

(5,000,000-500,000)×16(経過年数)÷30=2,400,000

残存価格:

5,000,000-2,400,000=2,600,000

(2) フェンス、門扉

耐用年数20年

経過年数11年

昭和46年建設、昭和57年撤去

償却額:

(600,000-60,000)×11÷20=297,000

残存価格:

600,000-297,000=303,000

(3) 温室(ラン栽培)

耐用年数24年

経過年数7年

昭和50年建設、昭和57年撤去

償却額:

(2,000,000-200,000)×7÷24=525,000

残存価格:

2,000,000-525,000=1,475,000

合計 4,378,000円

NTT交渉経費一覧表

〈省略〉

〈省略〉

〈省略〉

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